雪組『凍てついた明日−ボニー&クライドとの邂逅(かいこう)−』は、
映画「俺たちに明日はない」を下敷きにしたミュージカルですが、過去には1998年に、雪組(香寿たつきさん、月影瞳、安蘭けいさん他)によって、同様のモチーフで公演されています。
「俺たちに明日はない」は、1967年製作のアメリカ映画。
世界恐慌の1930年代に、強盗や殺人などを繰り返しアメリカ全土を震撼させ、凶悪犯罪者にもかかわらず一部にはヒーロー視する人もおり、最期は、警官隊から数十〜100発以上の銃撃を受け、まさに蜂の巣状態になって死んでいった実在の男女カップル、クライド・バロウとボニー・パーカー(ボニー&クライド)を主人公に据えた、実話と架空とがミックスされた作品でした。
監督:アーサー・ペン
クライド・バロウ:ウォーレン・ビーティ(ベイテイ)
ボニー・パーカー:フェイ・ダナウェイ
バック(クライドの兄):ジーン・ハックマン
ブランチ(バックの妻):エステル・パーソンズ
エステル・パーソンズがアカデミー賞では助演女優賞を受賞。
また、撮影賞も獲得している作品です。
私が「ロードショー」という映画雑誌を毎月購読していた1970年代当時、ウォーレン・ビーティやフェイ・ダナウェイは、たびたびグラビアに登場していたことを記憶しています。フェイ・ダナウェイは「セクシーな大人の女性」と言った印象でしたね。そんなにファンじゃなかったけど、確か「アイズ」という彼女の主演映画を観に行きました。
「俺たちに明日はない」は、アメリカン・ニューシネマ(New Hollywood)の一番目の作品だと言われています。アメリカン・ニューシネマとは、大作主義・スター主義で奇麗事や絵空事を描く傾向にあった、従来のハリウッド映画の手法に反旗を翻した人たちが、1960年代後期から1970年代中期頃に製作した映画を指します。これは、第二次世界大戦後に世界で同時連鎖的に発生していた、新しい映画によるアート運動(有名なものでは、フランスの「ヌーベル・バーグ」。日本では例えば大島渚監督がその旗手でした。)に呼応したものであり、アメリカ国内的には、泥沼化していったベトナム戦争、人種差別問題、東西冷戦等の政治・社会問題や、ヒッピー/ロック文化(カウンターカルチャー)の隆盛を背景にしたもので、やや乱暴ですが強引にまとめてみると、
怒り・苦悩・葛藤し、暴走衝動を内包した当時の若者たちの心象風景をリアルに表現し、あるいは問題提起を試みた、反体制的なテイストを持った映画
だったと言えるのではないかと思います。
新進気鋭のクリエイターたちによって製作されたアメリカン・ニューシネマは、既成概念に懐疑的であり、新しい「何か」を渇望していた人たちに支持されました。アメリカン・ニューシネマのカテゴリーに入るとされる代表的な作品としては、たとえば、卒業(1967) 、イージー・ライダー(1969)、 明日に向って撃て!(1969)、いちご白書(1970)、タクシードライバー (1976) があります。
「俺たちに明日はない」の公開後、ボニー&クライドの存在は、世界的に広く知られるようになり、『反逆/アンチテーゼ・アウトサイダー・混沌・破滅』のシンボリックな存在(イコン)となったと言えます。極東・日本の音楽界にもその影響は伝播しており、宇多田ヒカルさん、KinKi Kidsほか、多数のアーティストが、その楽曲にボニー&クライドを登場させています。個人的には、真島昌利さん(ブルーハーツ→ハイロウズ→クロマニヨンズ)のソロアルバム「RAW LIFE
今夜ボニーとクライドが 僕の部屋へやってくる・・・という出だしで始まる歌です。
ちなみにボニー&クライドと似たような存在のカップルとしては、セックスピストルズのシド・ヴィシャスとその恋人ナンシー(シド&ナンシー)を挙げる事が出来ると思います。シド&アンシーについても映画化されています。椎名林檎さんがデビューアルバム「無罪モラトリアム」に収録されている何曲かで、度々シドを登場させていますが、それでシド・ヴィシャスの存在を知った方も居るかもしれません。
随分と横道にそれてしまいました(汗)
『凍てついた明日−ボニー&クライドとの邂逅(かいこう)−』は、
クライド・バロウを凰稀かなめさんが演じ、ボニー・パーカーは、
愛原実花さんと大月さゆさんとのWキャストで公演されます。
2008年に日本のジェンヌが、ボニー&クライドを蘇えらせる訳ですね。
ワークショップ公演は、宝塚歌劇に新しい息吹を吹き込む意味合いもあると思うのですが、「ボニー&クライド」は、それに相応しい素材なのかもしれないな、と感じます。



