液晶絵画聴きなれない言葉です。通常、絵画や写真などの二次元的な作品は、
「動きが無く」「一面的」な訳なのですが。
・ビデオ技術・CG技術などによって、絵画や写真に動きを与えた作品。
・映像をアート的に加工した作品。
・絵画や映像と音楽とをシンクロさせた作品。などを、「液晶絵画」と称しているようです。つまり動くアート。
そして、その展覧会が国立美術館(大阪)で開催されていましたので、
観に行ってきました。
んで、何がアートかって、その概念については、理論やら学説やら思想や哲学などで説明出来るのでしょうが、曖昧であるのも確かですよね。たとえば「ポップアート」というジャンルがありまして、故アンディ・ウォーホル氏が世界的に有名なアーティストですが、最近では、村上隆さんのアニメのキャラクターのようなオブジェ作品が、某オークションで、な、なんと「億円単位!」で落札されています。


こんな方です。もちろん存命中。この本は面白かったです。
・・・・・私は本屋さんで立ち読み・斜め読みですが(大汗)。
芸術論的な、小難しい云々はともかく「液晶絵画」は、自由な表現世界が感じられて楽しかったです。日本人を含む15人程度の作家の作品が展示されていました。たとえば。

時間経過を示し生命の儚さを提示:サム・テイラー=ウッドさん
西洋絵画に「静物絵」といって、お皿に果物が盛られた絵がありますが、現実においては、その果物は放置しておくと徐々に腐っていきます。そこで「その腐乱していく様子を実際に早回しのビデオで撮影」してみた作品。

風にそよぐ水墨画:千住博さん
日本画(水墨画)で描かれた森の木々や湖の水面の様子を、CGによって動かしてみた作品。

「砂丘」を撮影した作品:小島千雪さん
静かで不動のようでも、実は少しずつ動いている砂丘に着目。
不思議で静かでクールな印象を受けました。「これがゲージュツ」と構えて観るのではなくて、時間の流れに視線と心をゆだねて、のんびりと眺めていると良い感じ。1作品あたりの鑑賞時間が長くなるのが特徴です。上記の「果物が腐乱していく作品」の場合は、完全に観終わるまでに数分間を要します。また、最初から最後まで観終わるまでに、29分間!もかかる映像作品もありました。正直なところ、時間と心にゆとりが無いと楽しめません。
私がイチバン楽しみにしていたのは、
森村泰昌さんの作品でした。


こんな方です。美輪明宏さんではありません。
有名絵画や有名人たちに「変身」して写真や映像の作品を創作しているナニワのアーティストです。「セルフポートレイト手法」と言われている様で、ゴッホの自画像を模した写真がよく知られていると思います。コスプレ(笑)と言ったらお叱りを受けるかもしれませんが、まあ、そんなイメージでもあながち間違いでは無いと思います。


↑↑これも森村さんです。
「その作品(美)がどのようにして生まれたのか」
「美をかたち作る背景」
「美の中に潜む何か得たいの知れないもの・秘密」
を捜し求め、そして表現しているのだと思います。
ちなみに森村泰昌さんは、これまでに宝塚歌劇団の公演ポスターのデザイン(アート・ディレクション)を担当しています。宝塚歌劇とは、とても縁が深いアーティストです。たとえば、次のポスター製作を手掛けています。
・雪組「詩劇 スサノオ」 (2004年)朝海ひかるさん、舞風りらさん、初風緑さん(専科)、
水夏希さん(宙組)他、総勢124人の豪華な布陣。
・星組「王家に捧ぐ歌」 (2003年)湖月わたるさん、 檀れいさん、安蘭けいさん、真飛聖さん他
芸術祭演劇部門の優秀賞(2003年度)を受賞。
・花組「不滅の棘(とげ)」 (2003年)春野寿美礼さん、ふづき美世さん、瀬奈じゅんさん、彩吹真央さん他
森村さんは、マリリンモンロー他、女優に扮したポートレイト作品を多数発表しています。
サービス精神旺盛で、歌舞伎役者のような「女優心」を持った人のようです。
彼が、宝塚歌劇団のポスターデザインの仕事を行ったのは、単にビジネスとして受けたのではなくて、女優が男を演じる「男優心」を体現している妖しげな宝塚の世界観にシンパシーと魅力を感じていたからだと思います。非現実的な舞台に、男性・女性の「真実」を見出しているのかもしれません。大阪人ですので、もしかしたら、幼少の頃から多大な影響を受けていたのではなか・・・と想像してみたり。手塚治虫さんのように。
さて。今般の『液晶絵画』の展覧会において森村さんは、ヨハネス・フェルメールという17世紀のオランダの画家の絵画『真珠の耳飾の少女』を題材にした作品を出展してました。
『真珠の耳飾の少女』は、誰かに声を掛けられたのか、
ふと振り返った瞬間の少女の表情を捉えた作品です。
こちらで『真珠の耳飾の少女』を観る事が出来ます。
画像:Johannes Vermeer (1632-1675) - The Girl With The Pearl Earring (1665) フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』今般、森村さんは、この少女に扮装しています。
そして「声を掛けられる前後」を想像し、動画として映像化しています。森村さん、絵画に入り込んで少女になりきっています。
私たちが観る絵画は、ある時間・ある動作を切り取った「一瞬」でしかない訳ですが、森村さんは、その前後を含めてその時間経過における、少女の動作や周囲の状況を想像して再現する事によって、その絵画が描かれた背景を探ろうとしているのだと思います。私は単純に楽しかったです。